関根元と風間博子の娘と息子は何人?生い立ちや実家はどこ?

関根元と風間博子の画像 ドラマ

☆この記事は1997年1月5日に発覚した「埼玉愛犬家連続殺人事件」について知りたい人におすすめです。

・犯人として逮捕された夫の関根元(せきねげん)と妻の風間博子(かざまひろこ)に娘や息子は何人いたのか。

・関根元と風間博子の生い立ちや実家について。

・無実を訴えている風間博子死刑囚の絵や背中の入れ墨など、気になることを簡単にまとめています。

 

「埼玉愛犬家連続殺人事件」は、埼玉県熊谷市でペットショップ「アフリカケンネル」を経営していた元夫婦・関根元と風間博子、役員の山崎永幸(やまざきながゆき)が逮捕された事件です。

 

この事件で役員の山崎永幸は懲役3年の実刑判決が確定し、服役。

 

その後、1998年8月28日に満期出所しています。

 

一方、関根元と風間博子に関しては、2009年6月に死刑が確定しています。

 

ただ、関根元は刑が執行される前の2017年3月27日に東京拘置所で病死。

 

風間博子死刑囚のみが現在も収監中で、再審請求を行っています。

 

そこで今回は、逮捕前の関根元と風間博子についてまとめてみました。

関根元と風間博子の娘と息子は何人?

関根元と風間博子は1983年に結婚し、息子1人と娘1人をもうけています。

 

このとき関根元は7度目の結婚。(内3人と離婚・復縁を繰り返していたので、配偶者としては実質4人目)

 

風間博子は2度目の結婚でした。

 

そして両親が逮捕された後、残された子供たちは祖母と一緒に、東京の叔母のワンルームマンションに移住。

 

その後の生活に関しては、息子は不明ですが、娘は小学校、中学校、高校、専門学校を卒業しています。

 

あと、娘の現在については、名前や画像などは不明ですが、年齢は34歳になっているようです。

関根元の1人目の妻と子供

関根元は19歳のときに1度目の結婚をしています。

 

相手はラーメン店で働いていた時の同僚女性。

 

その際、関根元は1人目の妻との間に息子1人と娘2人をもうけています。

関根元の2人目の妻と子供

関根元はラーメン店を辞めた後、プロパン会社に就職。

 

しかし、プロパン会社も長くは続かず退社すると、今度は市内の病院で看護婦をしていた女性に関心を持ちます。

 

結局、その看護婦が2人目の妻となるわけですが、これがもとで1人目の妻と離婚。

 

その後、関根元は看護婦と1970年ころに結婚し、2人の娘をもうけましたが、内1人は小さいころに亡くなっているということです。

関根元の3人目の妻

関根元の3人目の妻はマッサージ師です。

 

2人目の妻と離婚後、関根元は秩父市内のマッサージ師とその娘と3人で暮らしていたといいます。

 

そして、関根元はマッサージ師と籍を入れるもすぐに離婚。

 

今度は1人目の妻との間にもうけた娘の友達と付き合い始めたのです。

 

このとき、娘の友達は16歳。

 

娘の友達は高校を中退していて、秩父市内の飲食店で働いていたのですが、結局、結婚することはなかったようです。

 

一方、関根元と2度目の結婚をした風間博子は、前の夫との間に息子1人と娘1人をもうけています。

 

なので、風間博子には息子と娘が2人ずついることになり、関根元には息子2人、娘が4人いることになります。

関根元の実家と生い立ち

関根元の生い立ちですが、まず生まれは1942年昭和17年1月です。

 

出身は埼玉県秩父市で、両親は秩父市内の商店街で下駄屋を経営していたといいます。

 

実家が小さな長屋だった関根元は、子供の頃から嘘つきで有名で「ホラ元」と呼ばれていたとか。

 

特に中学時代は目立ちたがり屋で、注目を浴びようとして、2階の教室からわざと校庭に飛び降りたりするようなところもあったそうです。

 

そして、関根元は中学を卒業すると高校へは進学せず、ラーメン屋でバイト生活。

 

また、そのころから実家の下駄屋の土間で犬の繁殖を始めていたということです。

風間博子の実家と生い立ち

関根元は実家が資産家だという理由で、風間博子と結婚したとされています。

 

要は財産目当ての結婚だったのです。

 

なので、風間博子の生い立ちはというと、裕福な家庭のお嬢様育ち。

 

父親の職業は土地家屋調査士で、生まれは1957年2月の熊谷市出身です。

 

また、元々、風間博子は大の犬好きで、仕事も保育士をしたり、父親を手伝うために測量の勉強をしていたこともあったとか。

 

あと、性格は口数が少なく、気が強い女性。

 

関根元と知り合うまでは真面目な暮らしを送っていたとされています。

 

ちなみに、風間博子の背中には龍の刺青が彫ってあるそうですが、これは関根元と結婚した後に彫らされたということです。

関根元の病気

2016年11月初旬、関根元は拘置所で倒れ、医療施設に搬送されました。

 

胸に強い痛みを訴えて心臓発作を起こしたのです。

 

そして、搬送先で治療を行い、検査したところ「心タンポナーデ」と診断されたといいます。

 

この「心タンポナーデ」という病気は、心臓に水がたまるというもの。

 

措置としては、針を刺して心嚢液を抜き取ります。

 

その後、関根元は退院し、東京拘置所の描写に移されてからも治療を受けていましたが、2017年3月27日、拘置所内で死亡。

 

享年75歳だったということです。

風間博子の絵

風間博子は死刑囚となった後、現在も無実を訴えながら拘置所で絵を描いています。

 

これが風間博子が描いた絵ですが、何も情報が無い密室で物の形や風景を想像し、細かな表現で1つ1つ丁寧に作品が仕上げられています。

 

風間博子の絵の画像

 

勿論、絵は独学で、使用する道具は拘置所内の売店で販売している鉛筆やボールペン、半紙など。

 

そして、描いた絵は都内で開かれている「死刑囚表現展」などに出品しているそうです。

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