高嶋ちさ子の父親の仕事は?旦那はミキモトで顔がイケメン?

高嶋ちさ子と父親の画像 エンタメ

バイオリニストの高嶋ちさ子(52)の家族には、父親の高嶋弘之氏と1歳違いの兄・太郎氏、6歳上でダウン症の姉・未知子さんがいます。

 

母親の薫子さんは闘病生活の末、2017年8月に他界。

 

父親である弘之氏の兄は、俳優の故・高島忠夫氏で、現在の仕事は「高嶋音楽事務所」の代表を務めています。

 

また、高島忠夫氏の子供の高嶋政宏・政伸兄弟と高嶋ちさ子は従兄弟にあたるのですが、両家の関係は最悪で、何年も断絶したままだと言われています。

 

なお、高嶋ちさ子の旦那は、あのソニー創業者・盛田昭夫氏(享年78)の甥っ子にあたるとか。

 

それに旦那は、顔がイケメンで、ブランドジュエリー「ミキモト」に勤務しているというウワサです。

 

親戚に芸能人一家、身内に豪華な顔ぶれが揃う高嶋ちさ子ですが、今回は子供の学校や、イケメンとウワサの旦那などについても調査してみました。

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高嶋ちさ子の父親の仕事

高嶋ちさ子の父親・高嶋弘之氏は兵庫県神戸市出身。

 

兵庫県立神戸高校時代は演劇部に所属して、芝居ばかりしていたそうです。

 

そして、神戸高校を卒業すると早稲田大学文学部に進学。

 

早稲田大学では、第1文学部の演劇を専攻し、映画監督を目指していたといいます。

 

当時の弘之氏は、映画関係を就職先に希望していて、松竹の助監督試験を受けるも不合格という結果に。

 

その後、兄の高島忠夫氏の紹介で東芝レコード事業部のディレクター試験を受け、合格します。

 

こうして音楽業界の仕事に就いた父親は、東芝レコード時代に、あの有名なビートルズのディレクターになると、日本に紹介してブームを巻き起こさせたのでした。

 

さらに、多彩なジャンルを超えて多くのアーティストを世に送り出す、敏腕プロデューサーとして活躍。

 

1969年に東芝レコードを退職すると、1970年にキャニオン・レコード取締役制作部長就任します。

 

そして現在の仕事を、高嶋音楽事務所の代表として、1966カルテット、山田姉妹らをプロデュースしています。

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高嶋ちさ子の旦那は顔がイケメンでミキモトに勤務

高嶋ちさ子の姉・未知子さんは、20歳まで生きられないと宣告されながら、現在も健在です。

 

また、以前は、障害者就労支援センターへ通いながら自立する努力をしたといいます。

 

そうした努力が実り、一般企業へ就職。

 

就職先の衣類販売店「GAP(ギャップ)」を6年間、無遅刻無欠勤で勤め上げたのです。

 

そして妹の高嶋ちさ子は、今でも姉・未知子さんとは一緒に買い物に行ったりして、よく出掛けているといいます。

 

学生時代も、デートに行くときは姉を連れて行き、旦那が彼氏だった頃も姉を連れて3人で出掛けたりして、面倒をみていたのだとか。

 

高嶋ちさ子いわく、家で待ってる姉に「どこどこ行って来た」などと話すくらいなら、一緒に出掛けて楽しいことを共有したかったそうです。

 

そんな、高嶋ちさ子の思いを受け止めた旦那も立派です。

 

高嶋ちさ子の旦那は、ソニー創業者・盛田昭夫氏の甥・盛田賢司氏で、仕事はブランドジュエリー「ミキモト」の役員を務めているとか。

 

「ミキモト」は真珠の宝飾品が有名で、創業者の御木本幸吉氏が世界で初めて真珠の養殖に成功させたことでも知られています。

 

その「ミキモト」に勤めていると言われている旦那と、1999年に結婚。

 

高嶋ちさ子は旦那のことを、「旦那は顔で選んだ」というくらいのイケメンだそうです。

 

高嶋ちさ子の旦那の画像
出典元:高嶋ちさ子ブログ

 

しかも旦那はイケメンに加え、背が高く、脚も長いそうで、ぜんぜんオヤジっぽさを感じさせないのだとか。

 

そんな2人の馴れ初めは、接客してくれた旦那に高嶋ちさ子の方が一目惚れ。

 

当時、高嶋ちさ子は、旦那と付き合っていた彼女を別れさせて、自分と付きあってもらったそうです。

 

そして、結婚も高嶋ちさ子の方からプロポーズしたということです。

高嶋ちさ子の子供の学校は?

高嶋ちさ子は現在、13歳と10歳の子供を持つ母親。

 

子供は2人とも男の子で、現在、次男は名門私立小学校に通っているそうです。

 

そこで子供がどこの小学校に通っているのか調べてみました。

 

まず、母親の高嶋ちさ子の学歴はというと、青山学院初等部、中等部から桐朋女子高校の音楽科に入学し、桐朋学園大学の音楽科へ進学しています。

 

母親自身が名門校出身ということもあって、息子にも名門私立小学校を受験させていたようです。

 

しかも息子には自分と同じ、青山学院初等部に通わせているというウワサがあります。

 

さらに、兄弟には幼少期からチェロを習わせていたそうですが、長男の方は音楽が好きでないことが判明して、4歳で挫折。

 

次男の方だけ音楽を続けているそうで、素質は母親の高嶋ちさ子よりもあるそうです。

 

一方、音楽を挫折した長男は現在、空手教室に通っているらしいのですが、性格はおっとりしているとか。

 

その点、音楽を続けている次男はチェロを習っていて、要領が良いので高嶋と気が合うそうです。

 

あと、高嶋ちさ子の子供のことで思い出させるといえば、2016年の「ゲーム機バキバキ事件」がありました。

 

かねてから、息子らにはゲーム機を与えない方針を貫いてきた高嶋ちさ子でしたが、長男が友人の母親からプレゼントされたため、特別に使用を許可。

 

しかし、約束していた使用時間を破ったため、激怒して任天堂DSをバキバキに破壊したのです。

 

また、公平にと次男にもゲーム機を買い与えたらしいのですが、チェロの練習をさぼったことに腹を立て、次男のDSもへし折ります。

 

そのことを公にさらしたことで、批判が殺到したのでした。

 

ほかにも長男が徒競走で1位になれなかったことにショックを受け、旦那から「別にいいじゃん」と言われてキレまくったりと、子供についても数々の鬼エピソードは付きません。

高嶋ちさ子の姉はダウン症

高嶋ちさ子は3人兄弟の末っ子で、兄の太郎氏とは子供のころからよくケンカばかりしていたそうです。

 

また、姉の未知子さんがダウン症なのも、以前から公表しています。

 

ただ、姉の未知子さんは、ダウン症といっても比較的軽い方で、日常生活を送ることには問題がないとか。

 

なので、母親が病気になった際も、姉の未知子さんが面倒をみていたといいます。

 

それでもやはり、子供のころの姉はダウン症ということだけで、学校などでイジメにあっていたそうです。

 

そんな姉が通っていたのは小学校の普通学級。

 

そのため、未知子さんがイジメられて家に帰ってくると、兄の太郎氏と妹のちさ子が速攻で仕返しに行って、姉を守っていたといいます。

 

ほかにも人から指をさされたり、心ない言葉を浴びせられたりすると、姉思いのちさ子はその度に、相手を殴ったり言い返したりしていたのだとか。

 

そもそも、「ダウン症」という病気は、染色体の病気で、21番目の染色体が1本多いことから発症します。

 

姉の未知子さんは生後1ヶ月検診のとき、医師から「ダウン症なので20歳まで生きられない」と宣告されたそうです。

 

ダウン症は短命だとされていたのは昔の話で、医療が発達していなかったため。

 

ただ、そのこと聞かされた母親の薫子さんは、現実を受け入れることができず、悲しみに暮れたといいます。

 

それでもしばらくすると、未知子さんの面倒を見てくれる兄弟が必要だと思い、子供を産むことを決意。

 

そうした後に、長男の太郎氏と次女のちさ子が誕生したのでした。

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