石原裕次郎に子供(息子)がいた!?死因と松田聖子の関係は?

石原裕次郎の画像 エンタメ

☆この記事は、52歳の若さで死去した石原裕次郎さんのプライベートについて知りたい人におすすめです。

・生前の石原裕次郎さんに息子や娘はいたのか。

・いろいろとウワサされた死因の真相。

・松田聖子との関係について。

など、気になる点を簡単にまとめています。

 

国民的スター石原裕次郎さんが他界したのは、1987年7月17日。

 

死因は肝癌によるものでした。

 

その約2年後に、今度は同じ52歳で美空ひばりさんが肺炎の症状が悪化して死去。

 

当時は昭和のスターが立て続けに亡くなる惨事に世間は喪失感を抱えたのです。

 

そんな2人が亡くなって随分と年月は経ちますが、石原裕次郎さんや美空ひばりさんに関しては、いまだ伝説として語り続けられています。

 

また、偶然なのか、この2人に共通するのは子供がいないこと。

 

美空ひばりさんには、息子の加藤和也氏がいるのですが、弟の子を養子縁組にしただけなので実子ではありません。

 

石原裕次郎さんに限っては息子どころか、養子もとっていないのです。

 

美空ひばりさんの場合は、小林旭との結婚が短かかっただけに実子がいないのは分かりますが、石原裕次郎さんと妻のまき子さんは長きに渡り結婚生活を送っていました。

 

なのになぜ子供がいなかったのでしょうか?

 

結局、子宝に恵まれなかったのは、やはりウワサされていた病気が原因だった可能性もありそうです。

 

そこで今回は、石原裕次郎さんに子供がいない理由や、死因が肝癌と言われていること、松田聖子との関係について迫ってみたいと思います。

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石原裕次郎に子供(息子)がいない理由

石原裕次郎さんの妻・まき子さんは元女優の北原三枝です。

 

2人の出会いは1956年公開の「狂った果実」で、以降23作で共演を果たしています。

 

そして初共演から4年後の1960年に結婚し、まき子さんは女優を引退。

 

引退後は家庭に入り、夫を支え続けることになるのですが、1987年7月17日に石原裕次郎さんが死去。

 

結局、27年間の結婚生活の中で子供に恵まれることはありませんでした。

 

そこで、「この夫婦になぜ息子や娘ができなかったのか?」ですが、ウワサでは「石原裕次郎さんが原因だった」とささやかれています。

 

そのウワサされた原因というのが「梅毒」。

 

何やら梅毒は「生涯愛してやまなかったハワイで感染した」や、「銀座で豪遊していたときに感染した」など、様々なことが言われています。

 

なので、「妻・まき子さんと子供を作らなかった」というウワサがあります。

 

他にも子供ができなかったのは、「スキーの事故で右足を複雑骨折し、放射能治療したのが原因でEDになった」という説。

 

また、「おたふく風邪にかかってしまってEDになった」だったり、「種なし」説など、色々とウワサされているようですが、結局、どれも真相を突き止めるに至っていません。

 

ただ、この中で唯一原因があるなら「種なし」説が有力。

 

そうか妻・まき子さんが「不妊症だった」とも考えられます。

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石原裕次郎と松田聖子の関係

石原裕次郎さんと歌手・松田聖子の関係もウワサされたことがあります。

 

(若い頃の石原裕次郎と松田聖子)
石原裕次郎と松田聖子の画像

 

そのウワサというのは、「独身時代の松田聖子は石原裕次郎さんの愛人だった」というもの。

 

しかも「松田聖子を側に置いておくために石原軍団の神田正輝と結婚させた」と言われ、もっと言えば娘の神田沙也加は「実は石原裕次郎さんの子供だった」とまでウワサされたほどです。

 

まぁ、さすがに神田沙也加は娘ではないにしろ、あれだけのスターだった石原裕次郎さんだけに、よそにも愛人がいたといいます。

 

その証拠に週刊誌等は「石原裕次郎さんと松田聖子の関係を知っていても、書けない」と嘆いていたとか。

 

ということは、やはりウワサは本当だった可能性がありそうですが、それでも石原裕次郎さんと松田聖子の関係は今でも謎に包まれたままです。

石原裕次郎の本当の死因

石原裕次郎さんは生涯いくつもの大病を患い、1987年7月17日、肝癌により他界。

 

正確な死因は「食道静脈瘤」だったそうです。

 

結局、「肝癌になって食道の静脈が破裂し、出血死した」とされているのですが、そもそも肝癌になった理由は酒が原因とされています。

 

よく酒が原因で肝硬変になると言われていて、それを放置しておくと肝癌になる。

 

石原裕次郎さんは、幼少時代から肝臓が悪かったらしく、1971年にはキャンペーン先の秋田で倒れたことがありました。

 

そのときは、肺結核と診断され、1978年には舌癌を発症。

 

その後も死に至るまで壮絶な闘いは続き、1981年に大動脈瘤と診断されたのです。

 

その際、生還率3パーセントと言われましたが、手術後、奇跡的な回復を遂げ無事退院。

 

慶應義塾大学病院の屋上で手を振る光景は有名で、幾度となくテレビで流されました。

 

そして1984年、ついに肝癌が発覚。

 

原因不明の高熱と、激しい腰痛が続いていたため、念のためにと慶応病院で検査したところ、肝癌が発覚したのです。

 

兄の石原慎太郎氏は、肝癌が発見されたとき、まき子夫人に告知するべきだと言ったそうですが、まき子夫人はそれを拒否。

 

このとき、石原裕次郎さんは自分が癌だと知らなかったといいます。

 

そして、1987年7月17日に肝癌で他界してしまうのですが、死因についてはこれまたウワサされていることがあります。

 

その死因というのは「梅毒性大動脈炎」ではないかという説です。

 

この「梅毒性大動脈炎」は、梅毒を放っておくと大動脈の中膜を侵し、弾性線維の断裂を引起し、これに血行力学的な負荷が加わると大動脈瘤へと進展するのだそう。

 

またまた子供ができない理由と被ってしまっていますが、本当のところの死因は「食道静脈瘤」で間違いないと思います。

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