福原愛が父親と絶縁?両親は離婚で兄の名前は秀行!

福原愛と父親の画像 エンタメ

☆この記事はこのような人におすすめです。

・元卓球選手・福原愛の両親について知りたい。

・福原愛が父親と絶縁した理由について知りたい。

・娘と確執があった父親の現在を知りたい。

 

元卓球選手・福原愛の不倫疑惑を週刊誌が報じています。

 

報道によると不倫相手は一般企業に務めるエリート会社員で、大谷翔平選手似のイケメンだとか。

 

その男性と横浜でデートした後、高級ホテル&自宅でのお泊まりをキャッチされたようです。

 

ただ、本人は「友達関係」と不倫疑惑を否定しているようなので、この件についてはまだまだ一悶着ありそうです。

 

そんな福原愛といえば、幼少期は「母親との二人三脚」、「泣き虫愛ちゃん」で話題になりました。

 

当時、娘に卓球を教えていた母親は現在、車いす生活で台湾の自宅で同居しているといいます。

 

しかし、父親の存在については、これまであまりテレビで明かされていません。

 

ただ、父親は福原愛選手が幼いころ、テレビによく映っていました。

 

ところが、ある日を境にまったく姿を見せなくなったのです。

 

というのも、福原愛は2008年ごろから父親が他界する2013年までの5年間、絶縁して確執関係にあったことを告白しています。

 

急に絶縁関係となった理由は、父親の負債だったとか。

 

父親は福原愛が10歳のころ、仙台で経営していた不動産会社が3億5000万円の負債を抱えて倒産。

 

債権者から1億4000万円の返済を求められるなど、返済に追われていたのです。

 

また、当時は娘が稼いだギャラは返済に充てられ、福原家の生活は、すべて愛ちゃんにかかっていたそうです。

 

そんな状況に嫌気がさし、兄に頼んで「もうかかわらないでほしい」と告げてもらって父親と決別したのだとか。

 

しかも、福原愛の両親は、父親の不動産会社が倒産したのを機に離婚。

 

絶縁を告げて離婚してから亡くなるまでの間、父親は秋田県湯沢市の温泉関連会社で役員を務めて、平穏な日々を送っていたそうです。

 

そこで今回は、福原愛が父親と絶縁した理由などについてまとめてみました。

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福原愛が父親と絶縁

福原愛選手の父親の名前は福原武彦さんといって、2013年10月6日に他界しています。

 

死因はすい臓がんで、享年71歳でした。

 

当時、福原愛は、父親の訃報を東アジア大会が開催されていた中国の天津で知ったといいます。

 

また、父親の葬儀には、大会に出場していたため不参加。

 

かわりにFAXで「2008年の終わりごろを最後に、一度も会っていない状態にありました。以降は電話やメールでのやりとりも、一度もない関係となりました」と、ここしばらくの間は絶縁状態の関係にあったことを明かしたのです。

 

生前、父親の武彦さんは、絶縁状態になるまでの2008年ごろまで、娘のマネジメントを担当。

 

卓球は素人で、目先の結果にとらわれすぎて、負けたらすぐに指導法を変えるなどしていたそうです。

 

さらにこのころは、父親の経営する不動産会社が倒産していたこともあって、家計は常に火の車だったとか。

 

なので、両親の離婚理由は経済的な問題を抱えたのが一番大きかったのだと思われます。

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福原愛の兄の名前は秀行

福原家は、福原愛の稼いだ収入で家計がまかなわれていたため、すべてが娘頼み。

 

なので、福原愛が出演するCM契約料もすべて父親の返済のために消えていったそうです。

 

さらに、福原愛がバラエティ番組によく出演していたころなんかは、結局、「父親の負債を返済するためだった」とも言われています。

 

また、2005年に福原愛は「ミキハウス」から「グランプリ」に所属先が移り、その後ANAとスポンサー契約していました。

 

そして、そのままANAに所属することになったのも、父親の金銭的な事情が理由だったということです。

 

ただ、当時の福原愛は、所属先が転々とすることに嫌気がさしていたといいます。

 

そのため、兄の秀行さんと話し合い、「これ以上、父に振り回されたらダメだ」と、絶縁することを決意。

 

そして、自分のかわりに兄が父親に「もう愛にはかかわらないでほしい」と話して、決別したそうです。

 

以来、父親とは絶縁し、確執をもつ関係に。

 

以後、福原愛のマネジメントは母・千代さんと兄が仕切るようになり、父親は大会の会場など、一切姿を見せなくなったのだということです。

福原愛の父親は秋田の温泉関連会社で晩年を過ごす

2016年9月に台湾の卓球選手・江宏傑氏と結婚するという大きな節目を迎えた福原愛。

 

今思うと、当時が一番幸せな時期だったのかもしれません。

 

そんな福原愛といえば、3歳の頃から母親・千代さんの英才教育を受け、テレビで”愛ちゃん”の愛称で日本中から親しまれる存在となりました。

 

以降は4大会連続でオリンピックに出場、2大会連続でメダルを獲得するなど、数々の快挙を成し遂げるまでに成長。

 

ただし、それも父親の影響が大きかったのだと思います。

 

その父親とは、理由はともあれ、確執を持つことになったわけですが、親子の縁よりもアスリートとしてメダルを選んだようです。

 

おかげで、2012年のロンドン五輪女子団体で初の銀メダルを獲得。

 

まだ記憶に新しい2016年のリオデジャネイロ五輪でも、女子団体で銅メダルを獲得するなどの活躍でした。

 

一方、父親の武彦さんは晩年、福原愛の祖母がいる秋田県湯沢市に帰省。

 

湯沢では、温泉関連会社で役員を務め、旅館経営に関わっていたようです。

 

そして父親は、その後も福原愛の祖母が切り盛りする稲住温泉旅館の離れに暮らし、亡くなるまでの間、平穏な日々を送っていたということです。

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