☆この記事はこのような人におすすめです。
・高木菜那選手と高木美帆選手の姉妹が似てない理由を知りたい。
・高木菜那選手と高木美帆選手の性格を知りたい。
・高木菜那選手が整形なのかを知りたい。
スピードスケート女子・高木菜那選手、高木美帆選手の姉妹といえば、2018年の「平昌冬季オリンピック」で大活躍でした。
また、「どっちも可愛い」と話題になったのですが、性格に関しては真逆だそうです。
姉妹にして顔が似てない2人。
2人の顔が似てない理由は、姉・高木菜那選手の二重目に特徴があるからなのかもしれません。
そこで今回は、高木菜那選手と高木美帆選手姉妹について、いろいろとまとめてみました。
高木菜那は整形で高木美帆と似てない?
平昌冬季オリンピックで一躍時の人となった姉の高木菜那選手。
大会が始まるまでは妹の高木美帆選手に注目が集まっていて、あまり世間に知られてませんでした。
しかし、現在ではすっかり実力派アスリートとしての地位を築いています。
そんな高木菜那選手は別の事でも注目が集まっています。
それは、妹の高木美帆選手と似てないこと。
妹の高木美帆選手と違って、高木菜那選手は二重の目に特徴があります。
しかも整形疑惑まで浮上しているのです。
ただ、たしかに言われているように高木菜那選手はつり目の二重ですが、どちらかというと妹・高木美帆選手の二重の方が不自然に見えます。
そこで、小学生時代の2人の写真と現在とで比べてみたのですが、妹・美帆選手の方は今と変わらず。
姉の菜那選手は、小学生時代と比べて目が二重になっているようにも見えます。
(小学生時代 左が5年の高木菜那選手 右が3年生の高木美帆選手)
ただ、目に関してはアイプチやテープなどで二重にしている人もいるし、幼いころ一重だった人が成長するにつれて二重になったという事例もあります。
なので、高木菜那選手が目を整形していると決めつけない方が良いのかもしれません。
高木菜那と高木美帆は可愛いが性格は真逆
姉妹でスピードスケート選手の高木菜那と高木美帆。
2人は実力だけではなく、「ルックスが可愛い」と評判です。
平昌冬季オリンピックに参加していた時も、高木姉妹の人気は上位に入っていたと思います。
そんな高木姉妹ですが、現在結婚していません。
なので、一体どちらの方が人気があるのか気になります。
そこで調べてみたところ、意見は分かれますが「可愛い」と評判なのは姉の菜那選手のようです。
妹の美帆選手は常にノーメイクのような姿で映っているためか、人気は姉に軍配が上がります。
比較するのは難しいのかもしれませんが、高木美帆選手は容姿を気にするよりも競技に集中したいタイプ。
一方、高木菜那選手はインタビューを受けるときに前髪を直していることなどから容姿を気にするタイプのようです。
それに、性格に関しても全然違います。
姉の菜那選手の性格は負けず嫌いで、勝負にこだわるので闘争心が強い。
妹の美帆選手はさばさばしているので、闘争心を内に秘めるタイプの性格だそうです。
※高木菜那選手のプロフィール
1992年7月2日生まれの29歳。
北海道幕別町出身。
札内中学校ー帯広南商業高校出身。
職業ー日本電産サンキョー。
身長155cm。
出場種目 女子5000メートル、女子マススタート、女子チームパシュート。
※高木美帆選手のプロフィール
1994年5月22日生まれの27歳。
北海道幕別町出身。
札内中学校ー帯広南商業高校ー日体大出身。
職業ー日体大の広報課職員。
身長164cm
出場種目ー女子1000メートル、女子1500メートル、女子3000メートル、女子チームパシュート。
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高木菜那と高木美帆の父親や兄の職業
高木家は5人家族で、父親の愛徳さんの職業は農機メーカーに勤務。
母親の美佐子さんは介護施設で働き、兄の大輔さんは中学校教諭をしているそうです。
また、父親、母親ともにスケート選手の経験はないとのこと。
ただ、高木家の主な教育方針として、子供がやりたいと言ったことは極力やらせるということもあり、スケートや習い事は極力反対せずにやらせていたといいます。
それにスピードスケートは、フィギュアスケートに比べて金銭的負担が少ないスポーツ。
それでもお金が掛かる為、両親共働きで姉妹にスケートを習わせていたのだと思います。
高木菜那と高木美帆は不仲?
今でこそ高木菜那選手と高木美帆選手の仲は良いらしいのですが、かつて姉妹は不仲だったことがあったといいます。
高木菜那選手と高木美帆選手の姉妹には兄が1人おり、最初にスケートを始めたのは、兄の大輔さんだったとか。
すると、当時小学1年の菜那選手が兄の影響でスケートを始め、5歳の美帆選手も兄や姉に続けとばかりにヨチヨチと滑り始めたそうです。
また、幼いころの美帆選手はスケート以外にも様々なスポーツに親しんだといいます。
小学1年のときには姉の菜那選手の影響でヒップホップダンスを始め、小学2年で少年サッカーチームに入り、札内中学でも男子に交じってサッカー部に所属。
運動神経抜群の美帆選手は、男子に交じってもサッカーの実力は群を抜いていたそうです。
さらに陸上大会にも出場した美帆選手は、小学6年の北海道小学生大会で新記録を更新。
2006年大会で記録した800メートルの記録(2分24秒66)は現在も十勝小学生記録として残っているということです。
そして、バンクーバーオリンピックの代表選考会で中学3年生だった美帆選手は、1500メートルで姉の菜那選手を差し置いて優勝。
すると、日本スピードスケート史上最年少で五輪代表に選ばれたのです。
一方、妹に負けたとはいえ、姉の菜那選手だってスケートの成績は凄かったようです。
小学校のときは、十勝の試合では常に優勝。
ただ、美帆選手がそれ以上に速かっただけで、小6ですでに菜那選手の記録を抜いていたといいます。
中学時代も、美帆選手の方が菜那選手よりタイムも順位も上。
それからというものの、高木菜那選手にとって妹の存在がコンプレックスになり、不仲が生じてしまったといいます。
また、中学3年でバンクーバーオリンピックに出場した美帆選手を、菜那選手は両親と一緒に応援しに行っているのですが、その際「美帆~っ」と旗を振って声援を送りながら、内心は『転べ』とか、『ラップ、落ちろ』と思っていたそうです。
やはり、姉妹といえど負けたのが悔しくて、素直に応援できなかったのが本音だったとか。
しかし、次のソチ五輪は立場が逆転し、姉の菜那選手だけが出場。
当時の美帆選手は周囲の期待をよそに、結果を出せなかったのです。
その際の美帆選手はというと、菜那選手対して、これまで見せたことのないライバルを見つめる顔つきをしていたそうです。