三億円事件のモンタージュは別人!犯人は白田で少年Sの名前は?

三億円事件の犯人画像 社会

☆この記事は、東京都府中市で1968年12月10日に発生した「三億円事件」について知りたい人におすすめです。

・三億円事件のモンタージュはなぜ別人だったのか。

・犯人説が有力視されてきた少年Sの名前は省吾なのか。

・少年Sの死の真相。

・実行犯は事件から50年目の節目に名乗りを上げた白田という人物なのか。

他にも容疑者として名前が浮上した芸能人など、事件の気になる点を簡単にまとめています。

 

未解決事件として有名な「三億円事件」の真相として、これまでに様々な犯人説が唱えられてきました。

 

中でも一番有力視されてきたのは、少年Sの犯行説です。

 

「三億円事件」の犯人とされてきた少年Sは当時19歳。

 

しかも少年Sの父親は、当時、警察官で交通機動隊の中隊長だったのです。

 

しかし、「三億円事件」は結局、容疑者とされた警察官の息子・少年Sが事件発生から5日目の夜に青酸化合物で自害。

 

その後の捜査でも犯人が誰なのか分からないまま、1975年(昭和50年)12月10日、事件から7年後に公訴時効が成立。

 

そして、1988年(昭和63年)12月10日、事件から20年後に民事時効が成立してしまったのです。

 

以来、この「三億円事件」は未解決として闇にほうむられてきましたが、発生から50年後の節目に「三億円事件」の犯人を名乗る人物が出現。

 

その人物は白田という名前をかたって『府中三億円事件の幕開け――少年Sとの出会い』を小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿してきたのです。

 

そこで今回は、昭和の未解決事件「三億円事件」の新事実について迫ってみようと思います。

三億円事件の犯人のモンタージュは別人

「三億円事件」が発生したのは、52年前の1968年12月10日午前9時20分頃。

 

場所は府中刑務所横で、東芝府中工場のボーナス約3億円を積んだ現金輸送車が、白バイ隊に扮した犯人に停止を求められたのです。

 

三億円事件のバイク画像

 

その後、偽白バイ隊に扮した犯人は、「車にダイナマイトが仕掛けてある」と言い、点検するふりをして現金輸送車の下にもぐり込み発炎筒を焚きます。

 

そして発炎筒からけむりがあがると、犯人は「ダイナマイトだ!爆発するぞ!」と叫び、乗車していた銀行員4人を車外へ避難するよう促し、運転席に乗り込み車を奪って走り去ったのでした。

 

犯行終了までわずか3分間の出来事。

 

犯人逮捕のため、投入された捜査員は延べ17万1805人。

 

取り調べを受けた人物は、延べ11万7950人にのぼったといいます。

 

そして事件から11日目、警察は銀行員らの目撃証言を元に作成したモンタージュ写真を公開。

 

しかし、実際はモンタージュを作成したのではなく、事件の1年半前に亡くなっていた人物の写真を使っていたのです。

 

なお、写真の入手経路についてですが、それはこの人物が以前に銃砲刀等不法所持で逮捕された際に撮られたものでした。

 

なのに警察は、亡くなっていた人物にヘルメットをかぶせただけの写真をモンタージュと偽って公開したのです。

 

では、なぜ警察は「三億円事件」の犯人とはまったく別人の写真を公開したのか。

 

それは亡くなっていた人物が、事件2日後に容疑者として浮上した少年Sに似ていたからです。

 

ただ警察としては、少年Sの実物の顔写真を出して警察幹部の息子が手配犯だということがわかるとマズい。

 

なので、似ている別人の写真をモンタージュと称して捜査していたのです。

 

それに警察は、モンタージュを公開する前に少年Sの写真を被疑者写真の中に混ぜて、現金輸送車の運転手たちに見せていました。

 

その際、犯人だと思う写真を抜かせたら、やはり全員が少年Sの写真を抜いたということです。

三億円事件の少年Sの名前は省吾?

「三億円事件」について、いまだ真相が究明されていない中でも、容疑者として一番濃厚なのが少年Sの犯行説とされています。

 

ただ、警察が容疑者とみていた少年Sですが、これまで名前が公開されることはありませんでした。

 

しかし、白田という人物の小説では、少年Sの名前を省吾(しょうご)と明かしているのです。

 

ただ、この話がまだ本当なのかどうかも分かっていません。

 

たしかに白田が言うように名前が省吾なら「少年S」ということになるのですが…

 

まぁ、白田の話はあとにするとして、とりあえず当時の少年Sは、立川を拠点にしていた暴走族「立川グループ」という非行少年グループのリーダー格で、バイクの運転がめっちゃ上手かったといいます。

 

さらに仲間が「三億円事件」の少し前に発煙筒をダイナマイトに見せかけてスーパーのレジを襲う事件を起こしていました。

 

この事件も手口が「三億円事件」と同じ。

 

さらに少年Sと仲間は、同じ地域の「立川バス」というバス会社の給料を運ぶ現金輸送車を襲う計画も立てていたといいます。

 

また、3億円を強奪された東芝の総務にいたコピー係は、少年Sの仲間のひとり。

 

コピー係だった仲間ならボーナス日を知っているのは、当たり前だったのです。

 

これらを踏まえて警察は、犯人を少年Sだと見ていたようです。

少年Sの死の真相

容疑者とされた少年Sは、事件発生の5日後に青酸化合物を飲んで自ら命を絶っています。

 

なので現在、少年Sはもうこの世にいません。

 

そこで亡くなる前の少年Sなのですが、事件から2日目に捜査本部がマークしていて、青酸化合物で自害した日の夜も捜査員が自宅を張り込んでいたそうです。

 

そこに警察官の父親が帰宅。

 

直後に「ドタバタ」と音がして、しばらくすると静かになったということです。

 

それでも当初、張り込んでいた刑事は何も思わず引きあげようとしたらしいのですが、後に119番の通報で救急車が到着。

 

家族があわただしくしているので、何があったのか様子を見に行くと、倒れていた少年Sの姿があったのだといいます。

 

そして、少年Sはすぐさま診療所に担ぎ込まれるのですが、すでに手遅れ。

 

死因は少年Sの自害ということで一応、処理されます。

 

しかし、実際の真相は違っていて、息子が犯人と知った父親が少年Sの湯飲み茶わんに青酸化合物を塗って、事件を闇に葬ったとされているようです。

 

その証拠に少年Sは自宅に青酸化合物があることは知っていたらしいのですが、それを包んであった新聞紙からは少年Sの指紋は見つかっていないとか。

 

新聞紙からは父親の指紋だけが検出されたということです。

三億円事件の犯人は白田という新事実

自分が三億円事件の犯人だと思わせる小説を「小説家になろう」に投稿した白田の告白は、ネットニュースにもなり、大きな注目を集めました。

 

突然公表した理由は「息子から自白を勧められたから」だそうで、投稿に至っては、白田の手書きの文章を息子が読みやすいように直して発表したそうです。

 

そして白田が最初に投稿した『府中三億円事件の幕開け――少年Sとの出会い』は、後に「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」という小説本となって出版されます。

 

ただし、どちらの内容も「三億円事件」の新事実には迫っていません。

 

先に発表した小説投稿サイト「小説家になろう」には、15歳だった白田が少年S(省吾)と初めて出会うきっかけ。

 

また、白田は当時からバイクの運転が上手く、少年S(省吾)から勝負を挑まれてレースをしたことなどが記されているくらいです。

 

ちなみに、これまで少年Sはバイクの運転が上手いとされてきましたが、このレースは少年S(省吾)が途中で事故り、白田の勝ち。

 

白田いわく「てっきり腕に自信があると思っていたので、私にとって非常につまらなく、期待はずれのものでした。」と文中で語っています。

 

そうした経緯をきっかけに、白田は少年S(省吾)の仲間になったということです。

 

一方、後から小説本になった「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」ですが、こちらも内容が薄い本になっています。

 

文中には事件後から現在までのことなど、ほとんど書かれていませんし、盗んだお金の行方に関しても一切なし。

 

書かれているのは主に、当時の男女4人の恋愛・人間関係などばかりで正直期待外れになっています。

 

ただ、白田はマスコミのインタビューに対し、「奪ったお金をどうしたのか?」など気になる点を続編で発表すると答えていました。

 

しかし、その続編も今のところ発売されていないところを見ると、やはり白田の小説は金もうけのために作られたフィクションだったのかも。

 

それとも、白田の話が本当で実在しているのなら、現在70歳を過ぎていることになるので、この2年の間に亡くなった可能性もありそうです。

三億円事件の犯人に芸能人の名前も

「三億円事件」の捜査に使われたモンタージュは、違う人物の写真が使われていたことが明らかになると、警察はすぐに犯人像を撤回しました。

 

また、「三億円事件」で強奪された紙幣に関しても、いまだに回収されていないのです。

 

というのも、強奪された紙幣はほとんど新券。

 

なので、もし使われた場合は番号がわかっているのですぐに発覚するのですが、結局、使われた形跡は残っていないということです。

 

一説によると、使われていない理由として、「少年Sの父親が事件を葬るために紙幣を焼却したのではないか?」と言われていますが、真偽のほどは不明。

 

ただ、言えるのは「犯人は誰なのか?」、「3億円はどこに消えたのか?」がわかっていないから「未解決事件」として、今も語り続けられているのです。

 

また、「三億円事件」といえば、芸能人の中にも当時、容疑者として名前が浮上した人物がいることで知られています。

 

有名なところで言えば、この捜査で芸能人になる前の高田純二が事件の容疑者として、名前が浮上。

 

高田純二は当時、犯行現場近くの都立府中高校に在籍し、年齢的なこともあり、事件の容疑者として名前があがっていたそうです。

 

(若い頃の高田純二)
高田純二の若い頃の画像

 

さらに、歌手の布施明も高田純二と同じ府中高校で、1年後輩。

 

(若い頃の布施明)
布施明の若い頃の画像

 

とにかくバイクの免許を持つ人物はかたっぱしから調べられたそうで、2人は事情聴取もされたということです。

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