豊田商事会長刺殺事件の犯人のその後!現在も黒幕が分からない?

永野一男の画像社会

☆この記事は、このような人におすすめです。

・1985年(昭和60年)6月18日に発生した「豊田商事会長刺殺事件」について知りたい。

・豊田商事会長刺殺事件の犯人のその後を知りたい。

・黒幕に関する現在の捜査について知りたい。

 

「豊田商事会長刺殺事件」は日本を揺るがせた歴史的事件の1つで、バブル景気が始まる前に起きました。

 

また、被害総額約2000億円という戦後最大級の詐欺事件としてメディアが大きく取り上げています。

 

ただ、この事件で世間を震撼させたのは、詐欺のことではありません。

 

豊田商事会長の永野一男(当時32歳)が取材陣の前で命を奪われ、その様子がテレビで生中継されたことでした。

 

そんな事件が起こったのは、バブル期前の1985年6月18日。

 

当日、永野会長の自宅マンションには30~40人くらいの報道陣が待機していたといいます。

 

そして午後4時半ごろ、報道陣の前に2人の男が突然現れたのです。

 

豊田商事会長刺殺事件のfocus写真

 

その際記者が「何しに来たのか」と尋ねると、男は「被害者から永野をやってくれと頼まれたんや」と主張。

 

そして、1人の男が部屋のドアをドンドンと叩き、もう1人の男が窓ガラスを蹴破り、室内に押し入ったのです。

 

このとき2人の行動を止めようとした報道陣はいませんでした。

 

ところが、すぐに「やばい」と思い、110番通報を別の部屋の住人に依頼した記者がいたそうです。(当時は携帯がなかったため)

 

そして、この光景はワイドショーで生中継され、同時に放送していたNHKでは「子供には見せないでください」とアナウンサーが慌てて呼びかけたのでした。

 

そこで犯人ですが、1人は自称右翼を名乗る男で、名前は飯田篤郎(当時56歳)。

 

もう1人が建築作業員で、名前は矢野正計(当時30歳)といいます。

 

この2人の男は犯行後、駆け付けた警察官が現行犯逮捕。

 

また、当時の様子(動かなくなった永野会長の写真)が写真週刊誌『FOCUS』に掲載され、世間に相当なショックを与えたのです。

 

なお、その後の裁判では飯田篤郎に懲役10年、矢野正計に懲役8年の実刑判決が下されましたが、現在2人は釈放されています。

 

そこで今回は、謎だらけの「豊田商事会長刺殺事件」に黒幕がいると言われている点。

 

出所後、犯人の2人が現在何をしているのかなどについてまとめてみました。

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豊田商事会長刺殺事件の犯人

1985年(昭和60年)6月18日に発生した「豊田商事会長刺殺事件」。

 

現場となったのは、永野会長の自宅マンションでした。

 

住所は大阪市北区天神橋三丁目で、問題のマンションは事故物件として存在。

 

現在も建て壊されてはないようです。

 

※犯人の飯田篤郎(左)と矢野正計(右)
飯田篤郎と矢野正計の画像

 

そして、犯人の飯田篤郎ですが、その後の裁判で「現場に詰めかけた報道陣にあおられて矢野がやった」と主張。

 

矢野正計も「実際に永野会長をやったのは自分ではなく飯田の方だ」と主張し、お互いに罪のなすり合いをしていたのです。

 

そんな飯田篤郎と矢野正計は、犯行前、40人程の報道陣の前でドアを叩き、怒鳴りちらしていました。

 

そして、満足して「どんなもんだ」と言うような顔を報道陣に向けたのです。

 

すると「なんだそれで終りか」「あの窓からは入れるぞやっつけに来たんだろう」と報道陣にあおられ、引っ込みがつかなくなって犯行に及んだ可能性があります。

 

その後の裁判では「残虐で社会的影響の大きな犯罪だが、詐欺商法に対する義憤が主な動機で、同情の余地がないとまで断定できない」との言い渡しがあり、飯田篤郎に懲役10年、矢野正計に懲役8年の判決が下ったのでした。

 

「豊田商事会長刺殺事件」は30年以上も前の事件。

 

犯人の2人はとっくの昔に釈放され、普通の生活に戻ったということです。

 

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豊田商事会長刺殺事件の犯人のその後

主犯として懲役10年の判決を受けた飯田篤郎は、生きていれば現在93歳。

 

出所したその後は、近畿地方のある都市で、3DK約7万円のアパートに暮らしていたそうです。

 

また、飯田篤郎の妻は70代で現在も存命だとか。

 

入院していたこともあったようですが、今は元気に過ごしているといいます。

 

一方、共犯として懲役8年の判決が下った矢野正計は現在67歳。

 

同じ刑務所で服役していた男の証言によると、「毎月、母親が1万円ほど送ってきてた。“俺は刺してへん”が口癖やったな」と話していたそうです。

 

ちなみに矢野正計のその後は、出所後、大阪市内で生活するも、10年ほど前に中国地方へ引っ越したとか。

 

大阪時代の知人は「事件を起こしたのは皆知ってました。20ほど年の離れたえらいべっぴんさんと結婚して子供が5人おったわ。ここでは麻雀店を切り盛りしとった」とコメントしています。

豊田商事会長刺殺事件の黒幕に関する現在の捜査

「豊田商事会長刺殺事件」は当時、鉄工所経営の飯田篤郎と、かつて飯田の下で働いていた建設作業員の矢野正計の犯行でした。

 

しかし、この事件には黒幕の存在が噂されています。

 

というのも、犯行に及ぶ前の飯田篤郎は「被害者から依頼された」と報道陣に告白。

 

そして逮捕後は、「年金暮らしの独居老人を主なターゲット層として詐欺を働いていた豊田商事のやり口にいきどおりを感じてやった」と供述しているのです。

 

このように逮捕前と後で言っていることが二転三転していること。

 

さらに明確な犯行動機が分からないことなどから、「飯田篤郎に指示した人物がいる」と黒幕の存在説が囁かれているのです。

 

しかし、黒幕に関しては現在も捜査に進展がなく、警察は部外者の関与を否定。

 

一方、証拠は無いにしても、「口封じ目的で永野一男の命が奪われた」と考えられています。

 

その通り、事件後、飯田篤郎には多額の借金があったことが判明。

 

飯田篤郎の鉄工場は競売にかけられる寸前で、事件後、「会社の口座に借金と同額程度の金が振り込まれていた」という情報が報じられたのです。

 

他にも永野会長は政治家と付き合いがあったため、裏献金を受け取っていた可能性が浮上。

 

その政治家が「圧力をかけた」との推測が持ち上がったのです。

 

さらに黒幕候補は宗教団体にまで及びます。

 

というのも、永野会長は宗教の会員で、「団体に何千万とお財施をしていた」と言われていたのです。

 

結局、「詐欺容疑で逮捕寸前だった永野会長を口封じのため団体が飯田らに依頼した」という説。

 

また、「豊田商事の幹部らが手を組んで飯田らを雇った」という説があるくらい黒幕と噂される人物が多くいます。

 

もし永野一男が生きていれば、法廷でいろいろなことを喋っていたはず。

 

カネの流れも分かっていた可能性があっただけに、真相は闇の中へと消えてしまったのです。

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