下村早苗の父親は下村大介で羽根直樹が元夫!現在も服役中?

下村早苗の写真 社会

☆この記事はこのような人におすすめです。

・2010年7月に大阪市西区で起こった「大阪2児餓死事件」について知りたい。

・子供を餓死させた下村早苗の父親について知りたい。

・離婚した元夫・羽根直樹氏の現在を知りたい。

他にも下村早苗の生い立ちや現在などを簡単にまとめています。

 

「大阪2児餓死事件」は、ホスト遊びに夢中だった下村早苗が育児を放棄し、2人の子供を餓死させた事件で、当時は世間でも大いに注目されました。

 

その下村早苗受刑者は現在、懲役30年で服役中。

 

また、養子縁組として下村から中村へと性が変わっています。

 

それに複雑な家庭環境で育ち、母親が3回変わるなど、悲惨な生い立ちに遭遇していることなどが分かっています。

 

ちなみに事件が起きる前年、下村早苗受刑者は元夫と父親、それぞれに「子供を預かって欲しい」と助けを求めていました。

 

理由は新型インフルエンザにかかっていたから。

 

下村早苗受刑者は「幼い子どもが命を落とす可能性がある」というニュースが流れていたため、元夫と父親に「子供を預かって欲しい」と助けを求めていたのです。

 

なので結果論になりますが、仮にどちらかが子供を預かってさえいれば、こうした悲惨な事件は起こらなかったかもしれません。

 

そこで今回は下村早苗受刑者の現在や父親、元夫などについて調査してみました。

下村早苗の元夫は羽木直樹

下村早苗受刑者は平成18年5月、当時大学生だった羽木直樹氏と交際を開始。

 

同年12月に結婚し、半年後の19年5月に長女・桜子ちゃんを出産。

 

そして翌年20年10月に長男・楓ちゃんを出産しました。

 

なお、下村早苗と結婚し、子供を授かった夫の羽木直樹氏は大学を中退。

 

中退後は地元、三重県いなべ市のデンソーへ契約社員として勤務。

 

その後、社内試験を受け正社員となり、数年は平和な生活をしていたといいます。

 

しかし、下村早苗受刑者が中学校時代の同級生と浮気をして借金を作っていたことが発覚し、離婚。

 

離婚の際、羽木直樹氏は子供2人を下村早苗受刑者に押し付けたということです。

 

そして、父親と険悪だった下村早苗受刑者はその後、名古屋へ移住し、キャバ嬢として勤務。

 

しかし、元同僚や客と金銭トラブルを起こし、今度は大阪へ移住。

 

そして「クラブリッチエレガンス」で働くようになり、その後事件を起こすのでした。

 

一方、元夫の羽木直樹氏ですが、離婚後は養育費を渡さず、独身の気楽さから外車・アウディを購入。

 

さらに「地元の女友達と遊びほうけていた」という噂もありましたが、現在は再婚をして新しい家庭を築いているようです。

下村早苗の父親は下村大介

下村早苗受刑者の父親は、ラグビーで有名な下村大介監督です。

 

また、娘が事件を起こした当時、父親の下村大介氏は三重県立四日市農芸高校に勤め、ラグビー部の監督・顧問を勤めていました。

 

そんな父親の下村大介氏は、これまで3度の結婚を経験。

 

なので、娘の下村早苗受刑者にとっては、母親が3回変わったことになります。

 

そこで父親・下村大介氏の結婚歴を深堀すると、一番目の妻は1985年に卒業した教え子で、長女の下村早苗受刑者にとって三姉妹の母親になります。

 

しかし、下村早苗受刑者が小学生のとき、下村大介氏のDVが原因で離婚したということです。

 

そして2番目の妻も元教え子。

 

2009年に結婚した3人目の妻も、三重県立四日市農芸高校ラグビー部のマネージャーだった元教え子で、下村早苗受刑者より年下です。

 

妻3人とも自分の教え子と結婚したという下村大介氏は、事件後に「今でも自分を責める。早苗が離婚した後、孫2人を預かっておけばとか。やりきれない」と語っていましたが、時すでに遅しだったのです。

 

ちなみに1人目の母親も育児放棄していたらしく、下村早苗受刑者が妹2人の世話をしていたとか。
結局、中学入学後、素行不良になっていくわけですが、事件の原因はやはり家庭環境にあったようです。

下村早苗の現在は中村の性で服役中

現在、下村早苗受刑者は、名字が中村に変わっています。

 

姓が変わった理由は、同じ拘置所に入っていた女性が下村早苗受刑者と連絡を取り続けていて、女性の夫も賛同したことから養子縁組になったからです。

 

また、養子縁組になったのは、実家から縁を切られたということもあるようですが、真相は分かっていません。

 

あと、裁判についてですが、2012年3月16日、大阪地裁で行われた1審判決で懲役30年。

 

同年12月は中村早苗として大阪高裁で2審が開かれるも、1審の判決が支持され、被告の控訴が棄却されています。

 

そして、翌年2013年3月25日の最高裁で下村早苗受刑者は「幼いころに受けた育児放棄などが影響して事件が起きた」と最終弁論で主張。

 

しかし、上告が棄却されたため、1、2審の懲役30年の判決が確定したのです。

 

なお、下村早苗受刑者は最終意見陳述の際、涙を流してこのように述べていたということです。

「もう一度2人を抱きしめたい。こんなひどい母親ですが、私はこれからも2人の母親でいます。一生2人を背負って、罪を償って生きていきます」。

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