富士銀行春日部支店事件の岡藤輝光の家族や生い立ちは?

岡藤輝光の画像 社会

☆この記事はこのような人におすすめです。

・1998年7月2日に埼玉県で発生した「富士銀行春日部支店事件」について知りたい。

・犯人の岡藤輝光の家族や生い立ちについて知りたい。

・岡藤輝光の出身高校や現在について知りたい。

 

この事件は、犯人の岡藤輝光が富士銀行春日部支店の行員だった為、「富士銀行春日部支店事件」「富士銀行行員顧客殺人事件」などと呼ばれています。

 

事件が発生したのは1998年7月2日。

 

埼玉県宮代町でマッサージ店を運営する福田次郎さん(当時74)と妻・福田ツネさん(当時67)が残忍な手口で命を奪われたのです。

 

なお、2人が発見されたのは事件発生から2日後で、障害を抱えている老夫婦の命を奪った冷酷な犯人は、4日後に警察が逮捕。

 

逮捕された犯人は「富士銀行春日部支店」に務める行員で、名前は岡藤輝光(当時31歳)。

 

このとき岡藤輝光は福田夫妻の担当で、2人から預っていた預金を経営難だった春日部市内にある運送会社に「浮き貸し」していました。

 

しかし、期日までに運送会社からの返済がなかったのと、本店への移動が決まり、岡藤輝光は銀行に不正がバレるのを恐れて犯行に及んだのです。

 

※浮き貸しとは=金融機関の者が自分または第三者の利益をはかるため、その地位・職務を利用して不正に貸し付けなどを行うこと。

 

そして、逮捕された岡藤輝光は、一審の公判で福田夫妻の命を奪ったことを認めたものの、強盗は否認。

 

浦和地方裁判所は検察の死刑求刑に対し、「無期懲役」の判決を支持したのです。

 

その後、検察側は判決を不服として控訴したのですが、二審の東京高等裁判所はこれを棄却。

 

岡藤輝光が上告を行わなかったため、無期懲役の刑が確定しました。

 

大金を預けてくれた福田夫妻の親切心を、このような形で踏みにじった岡藤輝光とは一体どんな人物だったのか。

 

今回は、「富士銀行殺人事件」の犯人・岡藤輝光の出身高校や経歴、家族や生い立ちなどについてまとめてみました。

富士銀行春日部支店事件の犯人の名前

「富士銀行春日部支店事件」とは、1998年7月2日に埼玉県宮代町で発生した事件。

 

被害者は、マッサージ店を運営する福田次郎さんと妻・福田ツネさんで、お互いに障害を抱える夫婦でした。

 

犯行に及んだのは「富士銀行春日部支店」に勤務する行員の岡藤輝光。

 

犯人の岡藤輝光は福田夫妻の担当で、バブルの恩恵で大金を手にしていた福田夫妻から「期日を守るから」と言って、2500万円を預かっていたのです。(このとき岡藤輝光は、福田夫妻に返済期日を裏書した名刺を手渡していた。)

 

ところが、この岡藤輝光という男は、福田夫妻から預かった大金を春日部市内にある運送会社に「浮き貸し」していました。

 

当時といえば、バブル崩壊により、どの銀行も大量の不良債権を抱えていた時代。

 

銀行としては、運送会社に融資できる状況ではなかったといいます。

 

岡藤輝光としても社長から融資を泣きつかれては、放っておくことができなかったようです。

 

また、岡藤輝光が不正を犯してまでも運送会社に浮き貸ししたのは、自分の父親が大型トレーラーの運転手で、幼いころから懸命に働く姿を見て育ったから。

 

泣き付いて融資を頼んでくる社長と父親の姿が重なって見えていたのかもしれません。

 

そして、期日までに運送会社からの返済がなく、自身の本店への移動も重なったことから、岡藤輝光は銀行に不正がバレるのを恐れて犯行に及んだのです。

岡藤輝光の犯行手口

事件当日、岡藤輝光は預金を預かった際に渡していた「返済期日を裏書した名刺」を取り戻すために福田さん宅を訪問。

 

家にあがりこみ、福田さんの妻・ツネさんに「親孝行のつもりで肩を揉ませてもらえませんか」と背後に立ち、ヒモを使って犯行に及んだのです。

 

このとき夫の次郎さんは、何が起こっているのか知ることができません。

 

なぜなら夫の次郎さんは全盲なので、今起きている状況がわからなかったのです。

 

そして岡藤輝光は、次に夫の次郎さんにもツネさんと同じ手口を使って絞殺したのでした。

 

岡藤輝光は、夫は全盲、妻は背骨に障害がある被害者夫婦の身体的状況を冷酷に利用し、犯行に及んでいたのです。

岡藤輝光の高校や家族

「富士銀行春日部支店事件」の犯人・岡藤輝光は福岡県立筑紫高校出身。

 

高校時代はラグビー部に所属し、2年生の時に花園へ出場しています。

 

ちなみに、福岡県の高校でラグビーの強豪といえば「東福岡高校」が有名ですが、東筑紫高校も公立でありながらラグビーの強豪校として知られ、福岡県予選決勝の常連校。

 

なので、岡藤輝光は高校卒業後もラグビーで福岡大学体育学部に入学しています。

 

また、犯行時の岡藤輝光には家族がいました。

 

妻は大学の3つ後輩で、ラグビー部のマネージャー。

 

家族は妻のほか、長男(当時3歳)と次男(当時1歳)の子供がいたのです。

 

ちなみに被害者の福田夫妻にも子供が2人います。

 

ただし、事件当時、福田夫妻の長女と長男は、独立して家を出ていたということです。

岡藤輝光の生い立ち

「富士銀行春日部支店事件」の犯人・岡藤輝光は福岡県出身で3人兄弟の長男として誕生しています。(下は妹と弟)

 

父親は中卒で大型トレーラーの運転手。

 

実家の雑貨屋は母親が営んでいて、後に酒屋に転業しています。

 

そんなごく普通の生い立ちを持つ岡藤輝光でしたが、スポーツではラグビーの花形選手。

 

ラグビー部出身で鍛えに鍛えた屈強な身体を持つ岡藤輝光の大学卒業後の進路は、1989年年4月、富士銀行に体育学部枠で入行。

 

スポーツ枠で富士銀行の新卒採用という経歴だったのです。

 

しかし、岡藤輝光が事件を起こしたため、富士銀行は福岡大からのラグビー枠を廃止。

 

岡藤輝光は後輩たちの恨みを買うことになったのでした。

岡藤輝光の判決と現在

そして、岡藤輝光の判決ですが、二審の東京高等裁判所が無期懲役の判決を下し、上告を行わなかったため、無期懲役の刑が確定。

 

現在は服役中です。

 

本来このような事件の場合、死刑率は81%、無期率19%と言われていて、岡藤輝光は19%の方に入ります。

 

なぜ無期になったのかというと、岡藤輝光が勤務していた富士銀行側が被害者遺族に、5000万円以上の高額賠償金を支払ったのも大きな要因のひとつだったとか。

 

この事件は福田さんの持っていた土地がバブルで予想外に値上がりし、その思わぬ大金を富士銀行春日部支店に預けていたのを、岡藤輝光がまんまと利用したために起こってしまった事件でした。

 

夫妻はともに障害がある身障者で、ふだんの夫はマッサージ師、妻は裁縫で稼ぎ、お互い助け合って生活をしてきたのです。

 

しかも、岡藤輝光に預けた金は老後資金でもあったということです。

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